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2019年4月2日大東文化大学教育学科新入生対面式での学科主任挨拶

  • 2019年4月 7日(日) 21:04 JST
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 2019年度新入生対面式での学科主任挨拶です。

 

新入生のみなさん。大東文化大学教育学科への御入学、おめでとうございます。教育学科主任の荒井です。教育学科教員を代表して歓迎の御挨拶を申し上げます。
 新入生のみなさんは、大きな希望と少しの不安の中で、大学の門を通られたと思います。未来のみなさんの生活に続く、大東文化大学という新しい「学びの世界」に入られたことで、先ずみなさんの気持ちを一度リセットして、新たな気持ちで第一歩を踏み出してほしいと思います。
今、私は、「みなさんの気持ちを一度リセットして」と言いました。そこには二つの意味があります。一つは、大学は、みなさんが社会に出る前の最後の学校教育の場です。新しい、そして学校教育の最終段階に入ったという意味で、まずはみなさんの気持ちをリセットしてください。二つ目の意味ですが、今まで、みなさんは、上の学校に行くために、言い換えると入学試験に合格するために「暗記する」ということを必死で取り組んできたのではないでしょうか。その「学びのスタイル」をリセットしてほしいのです。どういうことかというと、「大学での学び」は必ずしも「ものを覚える」ことだけではないということを体験してほしいのです。
4年前に亡くなられた哲学者の鶴見俊輔さんが、次のように指摘されています。
「大学でまなぶ知識は勿論必要だ。しかし覚えただけでは役に立たない。それを学びほぐしたものが血となり肉となる」
知識を覚えることは重要です。しかし量的に知識を蓄えても、その蓄えたはずの知識が活用できなければ意味が無いことになります。
では、知識を活用する、鶴見さんのいう「学びをほぐす」ために何が必要なのでしょうか。
それは豊かな経験だと思います。
みなさんは吉野源三郎さんが書いた『君たちはどう生きるか』という本を御存じでしょうか。日本が戦争に突入する1937年に書かれた優れた哲学書です。哲学書というとなにか難しい印象をもちますが、とても分かりやすい社会科学入門書です。戦争の時代、真実が語られることがなくなりつつある時代に「未だ子ども向けならば伝えられる」と判断した吉野さんが書いた本です。15歳の少年本田潤一君(彼のことをコペルニクスにちなんでコペル君と文中では呼んでいます)。そのコペル君と大学の助手である叔父さんのやりとりを通じて、哲学や経済学・社会学の分かりやすい解説になっている本です。この本はコミック版が一大ベストセラーになりました。しかし、コミック版は省略されている箇所が多いため、是非岩波文庫版を読んでみて下さい。
この本の中で、経験することの重要性をおじさんが語る場面があります。おじさんはコペル君に「水が酸素と水素からできていることは教えることができるが冷たい水の味がどんなものかということになると、もう、君自身が水を飲んでみない限り、どうしたって君にわからせることはできない」と述べています。ここに重要なことが二つ出てきます。第一は、経験することの大切さです。第二は、その経験は教えることができないということです。
教育学を学ぶことを希望しているみなさんは、これから教育学の基礎知識を学ぶと思いますが、同時に、多様な経験を重ね、豊かな人間に自分を鍛えてほしいと思います。教育学は人間を対象にした学問です。ですから、先ず、「人間に対して、広く深く関心をもってほしいと思います。そうして人間に対する関心を深めながら、様々なことを体験し、それを通じて、人間に対する深い愛情を自分の中で育てていってほしいと思います。
そのためには、「大学という学びの空間」を広く活用して、鶴見俊輔さんのいう「学びをほぐして」いって下さい。講義やゼミをはじめとする「学び」はもちろん、大学や学科の諸行事をはじめ、サークル活動・部活動やアルバイト・ボランティア活動までも積極的に取り組んで、様々な人と出会い、またろいろいな関係の中で、時には悩み、傷つき、それらを克服して、みずからの学びをほぐし、人間への深い見方を身につけてほしいと思います。
大学で学ぶ学問を深めつつ、人間としての豊かな成長を意識して追求してほしい、それが学びをほぐすこと、ひいては教育学を学ぶ最初の第一歩なのだと申し上げて歓迎の言葉とします。
 
 
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